被災地の,ある小学校の事例

2013年11月5日 23時56分 | カテゴリー: 活動報告

 福島県と宮城県の沿岸部は,東日本大震災で,地震の揺れによる被害とともに,想定をはるかに超える津波の甚大な破壊力を経験しました.福島県南相馬市の小高地区,宮城県亘理町,同じく山元町は,海岸線に近くに位置し,それぞれ津波による破壊的被害を受けた場所です.東日本大震災から2年半以上の歳月が経ちましたが,復興がなかなか進まない状況で,市民の方々が様々な課題にどう向き合っているのか訪問して,お話を伺いました.

 南相馬市の小高地区は福島第一原発から20㎞圏内にあり,がれきはある程度取り除かれていますが,除線や除塩作業は手つかずで,農業関係者は先の見通しがたたない状況に置かれています.地域住民は,隣接する原町地区の仮設住宅から,昼間だけ滞在が許されている小高地区内の自宅の修繕や片付けに通う日々を過ごしています.

 同じく北部沿岸部の,宮城県の亘理町と山元町は,共に小学校が津波被害を受けました.山元町のある小学校は,海岸近くに位置していますが,1960年のチリ地震の経験を元に,津波を想定しての学校校舎が平成元年に建築されました.180㎝の津波を想定して建てられた校舎は斬新な印象でしたが,東日本大震災の津波は,想定を遙かに超え,水位は3階天井まで達しました.先生の誘導で天井裏へ避難し,全員が助かりました.震災後,同じ場所での再建は無理との判断で,2013年3月31日に閉校しました.一方,亘理町で津波被害にあったある小学校は,沿岸部の立地ではなく,被害も深刻では無かったとのこと.また,今後津波襲来は数百年間起こりえないとの見通しで,まちの再建のために,被害を受けた同じ場所で継続することが決定しました.学校関係者は最後まで反対したそうですが,当然のことです.どちらの事例も,想定が甘すぎる,自然は想定通りに行かない,子どもたちを実験に使うべきではない,などの問題が指摘できます.子どもたちの安全を保障する事は,大人の当然の役目であり,亘理町の決定は,大いに問題です.